2023年05月18日
賃貸物件退去後の原状回復請求や敷金返還請求の基礎知識
1.はじめに
アパートなどを借りて居住する賃貸生活者は、都市部を中心に多くいらっしゃいます。
当方もその1人です。住まいに関するトラブルのなかでも、賃貸物件を退去した後の原状
回復や敷金返還のトラブルが一番多いトラブルと言われています。
国民生活センターのホームページによると、2021年度の「原状回復トラブル」の相談
件数は、14,109件となっています。参考までに、2020年度の件数は13、364件
2019年度の件数は12、880件となっており、例年1万件以上の相談が寄せられて
いるようです。今回は、原状回復に関する法律上の基礎知識を取り上げます。
2.民法の規律
(1)敷金とは
令和2年4月1日施行の改正民法622条の2第1項の括弧書きの中で、敷金を以下の
とおりに定めています。
「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の
賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付
する金銭」
上記規定のポイントは、必ずしも敷金の名称に限られないと言うことです。そして敷金は
「担保」なので債務がなければ返還する必要があります。続いて「敷金返還」に移ります。
(2)敷金返還とは
そして同じ条文の中で、敷金返還について以下のとおりに定めています。
「賃貸借が終了し、かつ、賃借物の返還を受けたとき・・・」には、「賃借人に対し、その受け
取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的
とする債務の額を控除した残金を返還しなければならない」
上記規定のポイントは、まずもって賃借物の返還が必要なことです。よって敷金を返さな
いと部屋のカギも返さないと主張することはできません。次に 「賃貸借に基づいて生じた
賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務」の有無です。具体的な債務には
延滞した家賃や今回取り上げる原状回復が代表的です。
(3)原状回復義務とは
これまで原状回復に関する民法の定めはなく、裁判所の判決によってルールが形成され
ました。その後令和2年の改正により、621条が誕生。これまでのルールが明文化されま
した。621条の内容は、以下の通りです。
「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生
じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年劣化を除く。以下この条において同じ。)がある
場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷の原状に復する義務を負う。ただし、
その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限り
ではない。」
上記規定により、原状回復義務を原則賃借人が負うと明記されました。しかし重要な
点は、2つの例外規定が明記されたことです。1番目が括弧書き内の「通常の使用及び
収益によって生じた賃借物の損耗」と「賃借物の経年劣化」については、賃借人が原状
回復義務を負わないとされたことです。前者を「通常損耗」、後者を 「経年劣化」と今後
呼びます。
2番目として、「賃借人の責めに帰することができない事由」、つまり賃借人の故意
過失がない場合も、同様に賃借人が原状回復義務を負わないとされたことです。
2つの例外に該当すれば、賃借人には原状回復義務がなく、原状回復費用も支払う
必要が無く敷金も返還請求できることになります。2つの例外を具体的にどう考えるべ
きかについては、実務上、国土交通省作成の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
(以下、原状回復ガイドラインと呼ぶ)」が大きな役割を果たしてきました。
次に上記ガイドラインについて解説していきます。
3. 原状回復ガイドラインの内容
(1)ガイドラインの位置づけ
原状回復ガイドラインは、平成10年3月に当時の建設省(現在の国土交通省)より
公表されたものです。ガイドラインとあるので、法律ではなく法的拘束力はありません。
行政が示した指針であり、必ずしも契約当事者は従う必要はありません。しかし実務上
特に裁判所では、ガイドラインを踏まえた判断がなされるとされているため、事実上の
拘束力があると言っても過言ではありません。
(2)建物価値の考え方
原状回復ガイドラインでは、建物の損耗等を「建物価値の減少」と位置づけ、損耗等
を以下の3つに区分しています。
①-A 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年劣化)
①-B 賃借人の通常の使用による生ずる損耗等(通常損耗)
② 賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような
使用による損耗等
上記①ーAと①-Bは、民法第621条の「経年劣化」「通常損耗」と同じです。
上記②は、民法第621条で賃借人が負担すべき原状回復義務と同じと言えます。
原状回復ガイドラインでは、上記①ーAと①-Bを賃料に含まれる部分、つまり賃貸人
負担とし、②については、賃借人負担としました。
そしてここからが実務上有用な点とも言えますが、床・壁や天井など建物の部位別に
具体的な事例を示しながら、賃貸人負担と賃借人負担の区別を示していきました。
壁などのクロスを例にすると、
・テレビや冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ) 賃貸人負担
・たばこ等のヤニや臭い、落書き等の故意による破損 賃借人負担
・結露を放置したことにより拡大したカビやシミ 賃借人負担
以上のように、具体的にトラブルになりそうな事例毎にガイドラインの考えを示しています
ので実務上大変有益です。
ガイドラインにて賃借人負担とされた場合、賃借人が負担すべき費用はどのように計算
するのしょうか?
(3)経過年数の考え方
居住期間が長期間にわたる場合、例え賃借人の故意・過失で損傷したとしても、同時
に経年劣化や通常損耗も発生しています。仮に損傷を補修する費用全額を賃借人が負
担するとなると、本来賃貸人が負担するべき負担を賃借人が負担していることになり公平
とは言えません。
そこで、建物や設備の経過年数を考慮して、年数が長いほど賃借人の負担割合を減少
させるという減価償却的な考え方を採用しています。
先ほども取り上げた壁などのクロスを例にすると、クロスの耐用年数は6年とされている
ので、例えば居住期間が6年以上であれば賃借人の負担割合は原則1円となり、負担
はないということになります。
(4)賃借人の善管注意義務
先ほどの経過年数の考え方を踏まえると、「クロスの耐用年数が6年であれば、6年以上
居住すれば、落書きするなどクロスを雑に扱ってもいいのでは」と思う方もいるかもしれませ
ん。しかしそうなると一種のモラルハザードを招くことになります。
ガイドラインでも、「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良
な管理者として注意を払って使用する義務を負っている・・・ 経過年数を超えた設備等であ
っても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり・・賃借人が故意・過失に
により設備等を破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備等として本来
機能していた状態まで戻す、例えば、賃借人がクロスに故意に行った落書きを消すための
費用(工事費や人件費等)などについては、賃借人の負担となる・・*1 」
と明記されています。
善管注意義務とは、平たく言うと「自分が所有しているものを使用するとき以上に、
大切に、十分に気をつけて使用すること」であり「他人のものだからと粗末にして はダメ」
とされています。*2
民法第612条や原状回復ガイドラインの考え方を踏まえつつ、賃貸物件はいずれ返す
ものなので大切に利用することも大切です。
*1 (一財)不動産適正取引推進機構 編
『〔再改訂版〕賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン』 17頁
*2 関輝夫 著
『 図解 不動産業 原状回復と敷金精算入門 5訂版』 74頁
上記以外の参考文献
渡辺 晋 著 『改訂版 建物賃貸借 』
以上
Posted by つばめ at 12:51│Comments(0)
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